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5.B地震(中部地方

1714 4 28 (正徳 4 3 15) 36.7°N 137.85°E (M 6Q)/中部地方
  信濃北西部:大町組(大町以北の北安曇郡)で死56,全潰194,半潰141.善光寺でも被害があった.

1715 2 2 (正徳 4 12 28) 35.4°N 136.6°E (M 6.5〜7)/中部地方
  大垣・名古屋・福井:大垣城・名古屋城で石垣崩れる.福井で崩家があり,奈良・京都・伊賀上野・松本で有感.

1718 8 22 (享保 3 7 26) 35.3°N 137.9°E M 7.0/中部地方
  信濃・三河:伊那遠山谷で山崩れ,せき止められた遠山川が後に決壊し,死50余.飯田長久寺の唐門倒れた.日光・尾張・江戸でも有感.

1725 6 17 (享保 10 5 7) 36.4°N 136.4°E (M 6)/中部地方
  加賀小松:城の石垣・蔵など少々破損.金沢で同日4〜5回地震.

1725 8 14 (享保 10 7 7) 36.0°N 138.1°E (M 6〜6.5)/中部地方
  高遠・諏訪:高遠城の石垣・塀・土居夥しく崩れる.諏訪高島城の石垣・塀・門夥しく崩れ,城内外侍屋敷の破損87.郷村36ヶ村で倒家347など,死4.山崩れがあった.江戸・八王子・奈良で有感.

1729 3 8 (享保 14 2 9)/中部地方
  伊豆:大地割れ,川筋に水湧く.下田で家・土蔵傾倒.余震が20日すぎまで続いた.

1729 8 1 (享保 14 7 7) 37.4°N 137.1°E (M 6.6〜7)/中部地方
  能登:珠洲郡・鳳至郡で損潰家791,死5,山崩れ1731ヶ所.輪島村で潰家28,能登半島先端で被害が大きかった.

1738 1 3 (元文 2 閏11 13) 37.0°N 138.7°E (M 5H)/中部地方
  中魚沼郡:蘆ヶ崎村(現津南町)付近で14日朝まで80回余,翌年に及ぶ.蔵の壁損じ,釜潰れる.信州青倉村(現栄村)で家蔵破損.

1741 8 29 (寛保 1 7 19) 41.6°N 139.4°E/中部地方
  渡島西岸・津軽・佐渡:渡島大島この月の上旬より活動,13日に噴火した.19日早朝に津波,北海道で死1467,流出家屋729,船1521破壊.津軽で田畑の損も多く,流失潰家約100,死20余.佐渡・能登・若狭にも津波.[3]

1751 5 21 (宝暦 1 4 26) 37.1°N 138.2°E (M 7〜7.4)/中部地方
  越後・越中:高田城で所々破損,町方3ヶ所から出火した.鉢崎・糸魚川間の谷で山崩れ多く,圧死多数.富山・金沢でも強く感じ,日光で有感.全体で,死1500以上.余震が多かった.

1762 10 31 (宝暦 12 9 15) 38.1°N 138.7°E (M 7)/中部地方
  佐渡:石垣・家屋が破損,銀山道が崩れ,死者があった.鵜島村で津波により26戸流出.新潟で地割れを生じ,砂と水を噴出.酒田・羽前南村山郡・日光で有感.[1]

1791 7 23 (寛政 3 6 23) 36.2°N 138.0°E (M 6T)/中部地方
  松本:松本城で塀など崩れる.人家・土蔵も多く崩れた.27日暮までに地震79回.高山・甲府で有感.

1793 1 13 (寛政 4 12 2) 34.1°N 131.5°E (M 6Q〜6H)/中部地方
  長門・周防:防府で人家の損壊が多かったという.

1799 6 29 (寛政 11 5 26) 36.6°N 136.6°E M 6.0/中部地方
  加賀:上下動が激しく,屋根石が1尺も飛び上がったという.金沢城で石垣破損,城下で潰家4169.能美・石川・河北郡で損家1003,潰家964.全体で死15.

1815 3 1 (文化 12 1 21) 36.4°N 136.5°E (M 6)/中部地方
  加賀小松:小松城の破損多く,岐阜県白鳥町の悲願寺で香炉が落ちた.金沢で強かった.

1826 8 28 (文政 9 7 25) 36.2°N 137.25°E (M 6)/中部地方
  飛騨大野郡:地裂け,石垣崩れる.土蔵の壁土落ち,石塔・石灯篭が倒れた.

1828 12 18 (文政 11 11 12) 37.6°N 138.9°E M 6.9/中部地方
  越後:激震地域は信濃川流域の平地.三条・見付・今町・与板などで被害が大きかった.武者によると全体で全潰9808,焼失1204,死1443であるが,実際はもっと多かったらしい.地割れから水や砂の噴出がみられたり,流砂現象がみられた.

1833 5 27 (天保 4 4 9) 35.5°N 136.6°E (M 6Q)/中部地方
  美濃西部:大垣北方の村々で山崩れ多く,死者30余という.余震が多く,8月まで続く.震源は根尾谷断層に近い.

1836 3 31 (天保 7 2 15) 34.4°N 139.2°E (M 5〜6)/中部地方
  伊豆新島:神社・寺の石垣崩れる.江戸で有感.2月末まで地震続く.

1841 4 22 (天保 12 3 2) 35.0°N 138.5°E (M 6Q)/中部地方
  駿河:駿府城の石垣崩れ,久能山東照宮の堂・門など破損.江尻・清水辺で家や蔵の壁が落ち,地裂け,水吹き出す.三保の松原の砂地が2千坪ほど沈下した.

1843 3 9 (天保 14 2 9) 35.35°N 139.1°E M 6.5/中部地方
  足柄・御殿場:足柄萱沼村で石垣・堤の崩れ多く,御殿場の近くや津久井でも被害があった.

1844 8 8 (弘化 1 6 25) 33.0°N 131.3°E/中部地方
  肥後北部:28日まで地震が多く,久住北里で特に強かった.杖立村で落石により百姓屋崩れる.

1847 2 15 (弘化 4 1 1)/中部地方
  越後高田:諸所破損,長屋も破損.

1847 5 8 (弘化 4 3 24) 36.7°N 138.2°E M 7.4/中部地方
  信濃北部および越後西部:『善光寺地震』:被害範囲は高田から松本に至る地域で,特に水内・更級両郡の被害が最大だった.松代領で潰家9550,死2695,飯山領で潰家1977,死586,善光寺領で潰家2285,死2486など.全国からの善光寺の参詣者7千〜8千のうち,生き残ったもの約1割という.山地で山崩れが多く,松代領では4万ヶ所以上.虚空蔵山が崩れて犀川をせき止め,上流は湖となったが,4月13日に決壊して流出家屋810,流死100余.

1847 5 13 (弘化 4 3 29) 37.2°N 138.3°E M 6H/中部地方
  越後頚城郡:善光寺地震の被害と区別できないところが多い.潰家・大破ならびに死傷があった.地割れを生じ,泥を噴出し,田畑が埋没したところもあった.

1853 1 26 (嘉永 5 12 17) 36.6°N 138.1°E M 6.5/中部地方
  信濃北部:善光寺で被害.長野市中で下屋の破壊があった.松代領で潰家23.

1854 12 23 (安政 1 11 4) 34.0°N 137.8°E M 8.4/中部地方
  東海・東山・南海諸道:『安政東海地震』:被害は関東から近畿に及び,特に沼津から伊勢湾にかけての海岸がひどかった.津波が房総から土佐までの沿岸を襲い,被害をさらに大きくした.この地震による居宅の潰・焼失は約3万軒,死者は2千〜3千人と思われる.沿岸では著しい地殻変動が認められた.地殻変動や津波の解析から,震源域が駿河湾深くまで入り込んでいた可能性が指摘されており,すでに100年以上経過していることから,次の東海地震の発生が心配されている.[3]

1855 3 15 (安政 2 1 27)/中部地方
  遠江・駿河:大井川の堤揺れ込み,焼津で古い割れ目から水が噴出.

1855 3 18 (安政 2 2 1) 36.25°N 136.9°E M 6T中部地方
  飛騨白川・金沢:野谷村で寺・民家に破損があった.保木脇村で民家2軒が山抜けのため潰れ,死12.金沢城で石垣など破損.

1855 11 7 (安政 2 9 28) 34.5°N 137.75°E (M 7〜7.5)/中部地方
  遠州灘:前年の東海地震の最大余震.掛塚・下前野・袋井・掛川辺がひどく,ほとんど全滅.死者があった.津波があった.

1857 7 14 (安政 4 閏5 23) 34.8°N 138.2°E M 6Q/中部地方
  駿河:田中城内で被害.藤枝・静岡で強くゆれ,相良で人家が倒れたという.

1858 4 9 (安政 5 2 26) 36.4°N 137.2°E (M 7.0〜7.1)/中部地方
  飛騨・越中・加賀・越前:飛騨北部・越中で被害が大きく,飛騨で潰家319,死203.山崩れも多く,常願寺川の上流が堰止められ,後に決壊して流出および潰家1600余,溺死140の被害を出した.跡津川断層の運動(右横ずれ)によると考えられる.

1858 4 23 (安政 5 3 10) 36.6°N 137.9°E M 5.7/中部地方
  信濃北西部:大町組で家・蔵が潰れ,山崩れがあった.この地震が引金で,2月26日の地震で堰止められたところが崩れたと考えられる.

1861 10 21 (文久 1 9 18) 38.55°N 141.15°E M 6.4/中部地方
  陸中・陸前・磐城:陸前の遠田・志田・登米・桃生の各郡で特に被害が多く,潰家・死傷があった.江戸・新潟県分水町・長野まで有感.

1886 7 23 (明治 19) 37.1°N 138.5°E M 5.3/中部地方
  信越国境:家屋倒壊,道路・石垣破損,山崩れなどの小被害.上高井地方で前震があった.

1890 1 7 (明治 23) 36.5°N 138.0°E M 6.2/中部地方
  犀川流域:東筑摩・北安曇・更科・上水内の各郡で家屋の小破,山崩れ,道路破損などがあった.

1891 10 28 (明治 24) 35.6°N 136.6°E M 8.0/中部地方
  愛知県・岐阜県:『濃尾地震』:仙台以南の全国で地震を感じた.わが国の内陸地震としては最大のもの.建物全壊14万余,半壊8万余,死7273,山崩れ1万余.根尾谷を通る大断層を生じ,水鳥で上下に6m,水平に2mずれた.1892年1月3日,9月7日,94年1月10日の余震でも家屋破損などの被害があった.

1892 12 9 (明治 25) 37.1°N 136.7°E M 6.4/中部地方
  能登:家屋・土蔵の破損があった.11日にも同程度の地震があり,羽咋郡で全壊2,死1.[0]

1896 4 2 (明治 29) 37.5°N 137.3°E M 5.7/中部地方
  能登半島:蛸島村で土蔵倒壊2,家屋破損15.禄剛崎燈台破損.

1897 1 17 (明治 30) 36.7°N 138.3°E M 5.2/中部地方
  長野県北部:4月30日再震.須坂・上高井地方で家屋破損など小被害があった.7月まで240回以上.群発地震.

1898 5 26 (明治 31) 37.0°N 138.9°E M 6.1/中部地方
  新潟県六日町付近:家屋に小被害があり,田畑の亀裂・噴砂があった.

1900 3 22 (明治 33) 35.8°N 136.2°E M 5.8/中部地方
  福井県鯖江付近:鯖江町・吉川村で被害が最も多かった.県全体で家屋全壊2,半壊10,破損488など.

1903 8 10 (明治 36) 36.2°N 137.6°E M 5H/中部地方
  乗鞍岳西方:道路の崩壊,山崩れがあった.余震が多かった.

1904 5 8 (明治 37) 37.1°N 138.9°E M 6.1/中部地方
  新潟県六日町付近:五十沢村・城内村で家屋・土蔵などの破損があった.

1912 8 17 (大正 1) 36.4°N 138.3°E M 5.1/中部地方
  長野県上田町付近:土塀・石垣の崩壊6,その他小被害.

1916 2 22 (大正 5) 36.5°N 138.5°E M 6.2/中部地方
  浅間山麓:山麓で激しく,嬬恋村で山崩れ、家屋全壊7.その他,大笹・大前などで半壊3,破損109,土蔵破損164.

1917 5 18 (大正 6) 35.0°N 138.1°E M 6.3/中部地方
  静岡県:死2.煉瓦塀・煉瓦煙突の被害が多かった.志田順による発震機構の先駆的な研究で知られる地震.

1918 11 11 (大正 7) (02h 59m) 36.5°N 137.9°E M 6.1/中部地方
             (16h 04m) 36.5°N 137.9°E M 6.5

  長野県大町付近:『大町地震』:震害があったのは大町及び付近の村で,家屋全壊6,半壊破損2852,非住家全壊16.2回目の方が強かった.大町を中心に15cmほどの土地の隆起があった.

1923 9 1 (大正 12) (16h 38m) 35.5°N 138.9°E M 6.8/中部地方
  山梨県南東部:小被害があった.関東地震の余震.

1927 10 27 (昭和 2) 37.6°N 138.7°E M 5.2/中部地方
  新潟県中部:『関原地震』:局部的強震.傷2,家屋半壊23.宮本村の田圃内に石油ガス噴出口を生じた.

1930 11 26 (昭和 5) 35.1°N 139.1°E M 7.3/中部地方
  伊豆北部:『北伊豆地震』:2〜5月に伊東群発地震.この月11日より前震があり,余震も多かった.死272,家屋全壊2165.山崩れ・崖崩れが多く,丹那断層(長さ35km,横ずれ最大2〜3m)とそれに直交する姫之湯断層などを生じた.

1933 9 21 (昭和 8) 37.1°N 136.8°E M 6.0/中部地方
  能登半島:石川県鹿島郡で死3,家屋倒壊2,破損143,ほかの被害があった.富山県でも傷2.

1934 8 18 (昭和 9) 35.6°N 137.0°E M 6.3/中部地方
  岐阜県郡上八幡付近:八幡町付近で土蔵破損・道路亀裂・崖崩れなどの小被害があった.

1935 7 11 (昭和 10) 35.0°N 138.4°E M 6.4/中部地方
  静岡市付近:静岡・清水に被害が多く,死9,住家全壊363,非住家全壊451.清水港で岸壁・倉庫が大破,道路・鉄道に被害があった.

1941 7 15 (昭和 16) 36.7°N 138.2°E M 6.1/中部地方
  長野市付近:長野市北東の村々に被害があり,死5,住家全壊29,半壊115,非住家全壊48.

1943 10 13 (昭和 18) 36.8°N 138.1°E M 5.9/中部地方
  長野県古間村:死1,住家全壊14,半壊66,非住家全壊20.その他,道路の亀裂などがあった.

1945 1 13 (昭和 20) 34.7°N 137.1°E M 6.8/中部地方
  愛知県南部:『三河地震』:規模の割に被害が大きく,死2306,住家全壊7221,半壊16555,非住家全壊9187.特に幡豆郡の被害が大きかった.深溝断層(延長9km,上下ずれ最大2mの逆断層)を生じた.津波は蒲郡で1mなど.[−1]

1948 6 28 (昭和 23) 36.2°N 136.2°E M 7.1/中部地方
  福井平野:『福井地震』:被害は福井平野及びその付近に限られ,死3769,家屋倒壊36184,半壊11816,焼失3851.土木構築物の被害も大きかった.南北に地割れの連続としての断層(延長約25km)が生じた.

1952 3 7 (昭和 27) 36.5°N 136.2°E M 6.5/中部地方
  石川県西部沖:『大聖寺沖地震』:福井・石川両県で死7,家屋半壊4など.山崩れや道路の亀裂などもあった.

1952 7 18 (昭和 27) 34.5°N 135.8°E M 6.8/中部地方
  奈良県中部:『吉野地震』:震源の深さ60km.和歌山・愛知・岐阜・石川各県にも小被害があった.死9,住家全壊20.春日大社の石灯篭1600のうち650倒壊.

1961 2 2 (昭和 36) 37.5°N 138.8°E M 5.2/中部地方
  長岡付近:典型的な局地地震で,被害は直径2kmの範囲に集中した.死5,住家全壊220,半壊465.

1961 8 19 (昭和 36) 36.0°N 136.8°E M 7.0/中部地方
  岐阜県北部:『北美濃地震』:福井・岐阜・石川3県に被害があった.死8,家屋全壊12,道路損壊120,山崩れ99.

1963 3 27 (昭和 38) 35.8°N 135.8°E M 6.9/中部地方
  福井県沖:『越前岬沖地震』:敦賀・小浜間に小被害があった.住家全半壊6など.

1964 6 16 (昭和 39) 38.4°N 139.2°E M 7.5/中部地方
  新潟県沖:『新潟地震』:新潟・秋田・山形の各県を中心に被害があり,死26,家屋全壊1960,半壊6640,浸水15298,その他船舶・道路の被害も多かった.新潟市内の各所で噴砂水がみられ,地盤の流動化による被害が著しかった.津波が日本海沿岸一帯を襲い,波高は新潟県沿岸で4m以上に達した.粟島が約1m隆起した.[2]

1965 4 20 (昭和 40) 34.9°N 138.3°E M 6.1/中部地方
  静岡付近:死2,傷4,住家一部破損9.清水平野北部で被害が大きかった.

1965 8 3 (昭和 40)/中部地方
  松代付近:『松代群発地震』:この日に松代皆神山付近に始まり,少しずつ活動域を広げていった.ほとんど終息した1970年末までに松代で有感地震62821回,うち震度5,4はそれぞれ9回,50回だった.被害を伴った地震は51回,全体で傷15,住家全壊10,半壊4,山崖崩れ60.最も規模の大きかった地震はM 5.4 で,総エネルギーは,M 6.4 の地震1個に相当する.この間に皆神山が1m隆起した.

1968 9 21 (昭和 43) 36.8°N 138.3°E M 5.3/中部地方
  長野県北部:県北で傷2,住家一部破損224などの被害があった.

1969 9 9 (昭和 44) 35.8°N 137.1°E M 6.6/中部地方
  岐阜県中部:死1,傷10,住家一部破損86.崖崩れが多かった.

1971 2 26 (昭和 46) 37.1°N 138.4°E M 5.5/中部地方
  新潟県南部:傷13.雪崩数カ所に起きる.小規模な地割れや崖崩れがあった.

1974 5 9 (昭和 49) 34.6°N 138.8°E M 6.9/中部地方
  伊豆半島南端:『1974年伊豆半島沖地震』:伊豆半島南端に被害.死30,傷102,家屋全壊134,半壊240,全焼5.御前崎などに小津波.[−1]

1976 6 16 (昭和 51) 35.5°N 139.0°E M 5.5/中部地方
  山梨県東部:山梨・神奈川・東京で建物一部破損69,道路損壊12,山崖崩れ6.

1980 6 29 (昭和 55) 34.9°N 139.2°E M 6.7/中部地方
  伊豆半島東方沖:伊豆半島で家屋全壊1,一部破損17,傷7などの被害.神奈川でも傷1などの被害があった.[−1]

1984 9 14 (昭和 59) 35.8°N 137.6°E M 6.8/中部地方
  長野県西部:『昭和59年長野県西部地震』:王滝村に大きな被害をもたらした.死29,傷10,建物全壊・流出14,半壊73,一部破損565,道路損壊258など.死者及び建物流出は主として王滝川・濁川の流域などに発生した大規模な崖崩れと土石流によるものである.

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