5.E地震(中国四国地方)
1710 10 3 (宝永 7 閏8 11) 35.5°N 133.7°E (M 6.5)/中国四国地方
伯耆・美作:河村・久米両郡(現鳥取県東伯郡)で被害最大.山崩れ人家を潰す.倉吉・八橋町・大山・鳥取で被害.死多数.
1711 3 19 (正徳 1 2 1) 35.2°N 133.8°E (M 6Q)/中国四国地方
因幡・伯耆:因伯両国で家380潰れ,死4.山崩れや田畠の被害があった.
1733 9 18 (享保 18 8 11) M 6.6/中国四国地方
安芸:奥郡に被害,因幡でも地大いに震う.京都・池田・讃岐で有感.
1762 10 18 (宝暦 12 9 2)/中国四国地方
土佐:高岡郡で瓦落ち,山崩れる.16日まで少々ずつ地震.岩国・宇和島・筑後で有感.
1778 2 14 (安永 7 1 18) 34.6°N 132.0°E (M 6.5)/中国四国地方
石見:那賀郡波佐村で石垣崩れ,都茂村で落石.安芸より備前まで強く震い,筑前で有感.
1789 5 11 (寛政 1 4 17) 33.7°N 134.3°E M 7.0/中国四国地方
阿波:阿波富岡町で文珠院や町屋の土蔵に被害,山崩れがあった.南部の沿岸地方,土佐室津に被害.広島・鳥取・岡山・山口で有感.震央は紀伊水道の可能性もある.
1796 1 3 (寛政 7 11 24) 35.7°N 134.3°E (M 5〜6)/中国四国地方
因幡:岩美町で倉の壁が落ち,石塔倒れ,地下水の異常があった.余震が翌年正月まであった.
1812 4 21 (文化 9 3 10) 33.5°N 133.5°E/中国四国地方
土佐:高知で土蔵壁落ち,瓦落下,塀の損所があった.中村の方が強かったともいう.
1835 3 12 (天保 6 2 14) 35.1°N 132.6°E (M 5H)/中国四国地方
石見:島根県高畑村で石地蔵・石塔・墓石などが倒れ,蔵の壁が破れ,石垣が崩れた.
1841 11 3 (天保 12 9 20) 33.2°N 132.4°E (M 6)/中国四国地方
宇和島:宇和島城の塀・壁など破損.四国・中国の西部と筑後で有感.
1854 12 26 (安政 1 11 7) 33Q°N 132.0°E (M 7.3〜7.5)/中国四国地方
伊予西部・豊後:南海地震の被害と区別が難しい.伊予大洲・吉田で潰家があった.鶴崎で倒れ屋敷100,土佐でも強く感じた.
1855 8 16 (安政 2 7 4)/中国四国地方
米子:城内で所々崩れ,地割れもあった.
1857 7 8 (安政 4 閏5 17) 34.4°N 131.4°E (M 6)/中国四国地方
萩:城内で石垣などに小被害.市中でも小被害があった.
1857 10 12 (安政 4 8 25) 34.0°N 132.5°E M 7Q/中国四国地方
伊予・安芸:今治で城内破損,郷町で潰家3,死1.宇和島・松山・広島などで被害.郡中で死4.
1859 1 5 (安政 5 12 2) 34.8°N 131.9°E M 6.2/中国四国地方
石見:島根県一帯で強く,波佐村で山崩れがあった.周布村・美濃村・下道川村などで被害.
1859 10 4 (安政 6 9 9) 34.5°N 132.0°E (M 6〜6.5)/中国四国地方
石見:島根県那賀郡で強く,周布村でも潰家や地割れがあった.広島城内でも被害があった.
1872 3 14 (明治 5 2 6) 35.15°N 132.1°E M 7.1/中国四国地方
石見・出雲:『浜田地震』:1週間ほど前から鳴動,当日には前震もあった.全体で全潰約5千,死552.特に石見東部で被害が多かった.海岸沿いに数尺の隆起・沈降がみられ,小津波があった.[0]
1882 6 24 (明治 15)/中国四国地方
高知市付近:市中で壁が落ち,板塀が倒れ,石灯篭の頭が落ちるなどの被害があった.
1898 4 3 (明治 31) 34.6°N 131.2°E M 6.2/中国四国地方
山口県見島:見島西部で強く,神社仏閣の損傷・倒壊,石垣の崩壊があった.
1905 6 2 (明治 38) 34.1°N 132.5°E M 7Q/中国四国地方
安芸灘:『芸予地震』:広島・呉・松山付近で被害が大きく,広島県で家屋全壊56,死11,愛媛県で家屋全壊8.煉瓦造建物・水道管・鉄道の被害が多かった.1903年以来,この近くで地震が多かった.
1943 3 4 (昭和 18) 35.4°N 134.2°E M 6.2/中国四国地方
鳥取付近:翌日にもほぼ同じ所に再震(M 6.2), 両方で傷11,建物倒壊68,半壊515.
1943 9 10 (昭和 18) 35.5°N 134.1°E M 7.2/中国四国地方
鳥取付近:『鳥取地震』:鳥取市を中心に被害が大きく,死1083,家屋全壊7485,半壊6158.鹿野断層(長さ8km),吉岡断層(長さ4.5km)を生じた.地割れ・地変が多かった.
1949 7 12 (昭和 24) 34.1°N 132.7°E M 6.2/中国四国地方
安芸灘:呉で死2.壁の亀裂,屋根瓦の落下など小被害があった.
1955 7 27 (昭和 30) 33.7°N 134.3°E M 6.4/中国四国地方
徳島県南部:死1,傷8.山崩れ多く,道路の破損・亀裂,トンネル崩壊などの小被害があった.
1968 8 6 (昭和 43) 33.3°N 132.4°E M 6.6/中国四国地方
愛媛県西方沖:愛媛を中心に被害があり,傷22,建物破損7.道路の損壊や山崩れも多かった.
1978 6 4 (昭和 53) 35.1°N 132.7°E M 6.1/中国四国地方
島根県中部:島根県で住家半壊4,一部破損140,道路損壊48.
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