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5.C地震(関東地方

1703 12 31 (元禄 16 11 23) 34.7°N 139.8°E (M 7.9〜8.2)/関東地方
  江戸・関東諸国:『元禄地震』:相模・武蔵・上総・安房で震度大.特に小田原で被害大きく,城下は全滅,12ヶ所から出火,壊家8千以上,死2300以上.東海道は川崎から小田原までほとんど全滅し,江戸・鎌倉などでも被害が大きかった.津波が犬吠崎から下田の沿岸を襲い,死数千.1923年関東地震に似た相模トラフ沿いの巨大地震と思われるが,地殻変動はより大きかった.[3]

1706 10 21 (宝永 3 9 15) 35.6°N 139.8°E (M 5T)関東地方
  江戸:江戸城や大名屋敷などで多少の被害.

1710 9 15 (宝永 7 8 22) 37.0°N 141.5°E M 6.5/関東地方
  磐城:平(いわき)で城などに被害.江戸で天水ひるがえるほど.

1725 5 29 (享保 10 4 18) 36.25°N 139.7°E (M 6)/関東地方
  日光:東照宮の石矢来・石灯篭倒れる.江戸でもやや強く感じた.

1735 5 6 (享保 20 閏3 14)/関東地方
  日光・守山:東照宮で石垣少々崩れる.守山(現郡山市内)で稗蔵の壁所々割れる.江戸で有感.従来,3月14日とされていたもの.

1746 5 14 (延享 3 3 24)/関東地方
  江戸・日光:日光東照宮の石矢来約20間倒れる.江戸・八王子・京都・津軽で有感.

1755 4 21 (宝暦 5 3 10) 36.75°N 139.6°E関東地方
  日光:東照宮の石矢来・石垣などに被害.江戸・八戸で被害.

1756 2 20 (宝暦 6 1 21) 35.7°N 140.9°E (M 5.5〜6)/関東地方
  銚子:蔵にいたみがあった.酒・醤油の桶を揺り返し,石塔倒れる.江戸・八王子・日光で有感.

1767 10 22 (明和 4 9 30) 35.7°N 139.8°E (M 6)/関東地方
  江戸:瓦が落ち,14〜15軒潰れ,所々破損があった.

1782 8 23 (天明 2 7 15) 35.4°N 139.1°E (M 7)/関東地方
  相模・武蔵・甲斐:月はじめより前震があり,15日に2度大震.小田原城破損,人家約800破損.箱根・大山・富士山で山崩れ.江戸でも潰家や死者があった.熱海で津波があったらしい.[1]

1786 3 23 (天明 6 2 24) 35.2°N 139.1°E (M 5〜5H)/関東地方
  箱根:23〜24日で地震100回余.大石落ち,人家を多く破った.関所の石垣など破損.

1791 1 1 (寛政 2 11 27) 35.8°N 139.6°E (M 6〜6.5)/関東地方
  川越・蕨:蕨で堂塔が転倒し,土蔵なども破損.川越で喜多院の本社屋根・瑞籬など破損.

1794 11 25 (寛政 6 11 3)/関東地方
  江戸:鳥取藩上屋敷・幕府書物方番所で被害.日光・甲府・矢祭・花巻で有感.

1801 5 27 (享和 1 4 15) 35.3°N 140.1°E/関東地方
  上総:久留里城の塀など破損,民家の潰れるもの多かった.江戸で有感.

1811 1 27 (文化 8 1 3)/関東地方
  三宅島:噴火活動による地震.山崩れ・地割れを生じた.

1812 12 7 (文化 9 11 4) 35.45°N 139.65°E M 6Q関東地方
  武蔵・相模: 江戸で小被害があった.最戸村(現横浜市港南区)で潰家22.その他神奈川・川崎・保土ヶ谷に潰家や死者があった.

1817 12 12 (文化 14 11 5) 35.20°N 139.05°E (M 6)関東地方
  箱根:箱根で落石,江戸で幕府書物方の蔵に小被害.秩父・甲府・八王子で有感.

1853 3 11 (嘉永 6 2 2) 35.3°N 139.15°E M 6.7関東地方
  小田原付近:小田原で被害が大きく,城内で潰れや大破が多かった.小田原領で潰家1千余,死23.山崩れが多かった.

1855 11 11 (安政 2 10 2) 35.65°N 139.8°E M 6.9/関東地方
  江戸および付近:『江戸地震』:下町で特に被害が大きかった.地震後30余ヶ所から出火,焼失面積は 2.2平方kmにおよんだ.江戸町方の被害は,潰れ焼失1万4千余,死4千余.瓦版が多数発行された.

1856 11 4 (安政 3 10 7) 35.7°N 139.5°E (M 6〜6.5)/関東地方
  江戸・所沢:江戸で壁の剥落や積瓦の落下があり,傷23.粂川で家屋倒潰15という.

1859 1 11 (安政 5 12 8) 35.9°N 139.7°E (M 6)/関東地方
  岩槻:城の本丸櫓・多門その他破損.江戸・佐野・鹿沼で有感.

1866 11 24 (慶応 2 10 18)/関東地方
  銚子:銚子市後飯町の浅間社の石の鳥居倒れる.日光・相馬・成田・江戸・干潟で有感.

1870 5 12 (明治 3 4 12) 35.25°N 139.1°E (M 6〜6.5)関東地方
  小田原:小田原城内の所々で壁などが破損した.町田・江戸・塩山・馬籠・分水町で有感.

1877 5 10 (明治 10)/関東地方
  太平洋沿岸:チリのイキケ沖の地震による津波.波高は釜石で3mなど.函館などで被害.房総半島で死者があった.

1880 2 22 (明治 13) 35.4°N 139.75°E (M 5.5〜6)関東地方
  横浜:横浜で煙突の破損が多く,家屋の壁が落ちた.東京の被害は軽かった.この地震を機として日本地震学会が生まれた.

1884 10 15 (明治 17) 35.7°N 139.75°E/関東地方
  東京付近:多数の煙突が倒れ,煉瓦作りの壁に亀裂が入った.柱時計の70〜80%が止まった.

1890 4 16 (明治 23) 34.2°N 139.3°E M 6.8/関東地方
  三宅島付近:三宅島で海岸が崩れ,道路を埋め,亀裂を生じた.

1892 6 3 (明治 25) 35.7°N 139.9°E M 6.2/関東地方
  東京湾北部:東京で家屋破損5,土蔵破損24,その他の小被害.

1894 6 20 (明治 27) 35.7°N 139.8°E M 7.0/関東地方
  東京湾北部:青森から中国・四国地方まで地震を感じた.東京・横浜の被害が大きかった.神田・本所・深川で全半壊多く,東京で死24.川崎・横浜で死7.鎌倉・浦和方面にも被害があった.

1895 1 18 (明治 28) 36.1°N 140.4°E M 7.2/関東地方
  霞ヶ浦付近:北海道・四国・中国の一部まで地震を感じた.被害範囲は関東東半分.全壊47,死9.

1896 1 9 (明治 29) 36H°N 141°E M 7.0/関東地方
  鹿島灘:那珂川・久慈川河口で家屋・土蔵が小破した.[0]

1900 11 5 (明治 33) 33.9°N 139.4°E M 6.6/関東地方
  御蔵島・三宅島付近:4日より前震があった.御蔵島・三宅島・神津島で家屋半壊や海岸の崩壊があった.

1905 6 7 (明治 38) 34.8°N 139.3°E M 5.8/関東地方
  大島近海:5日から200回以上前震があった.破損家屋3.道路・石垣の崩壊が多かった.

1909 3 13 (明治 42) (08h 19m) 34.5°N 141.5°E M 6.7/関東地方
             (23h 29m) 34.5°N 141.5°E M 7.5

  房総沖:あとの方が強く,横浜で煙突・煉瓦壁の崩壊などの被害があった.

1915 11 16 (大正 4) 35.4°N 140.3°E M 6.0/関東地方
  房総半島:下香取郡万才村・長生郡西村・その他で崖崩れがあり,傷5,人家・物置の潰れがあった.群発地震で,12日から地震が続いていた.

1921 12 8 (大正 10) 36.0°N 140.2°E M 7.0/関東地方
  茨城県南部:千葉・茨城県境付近に家屋破損・道路亀裂などの小被害があった.従来,竜ヶ崎付近の地震とされていたもの.

1922 4 26 (大正 11) 35.2°N 139.8°E M 6.8/関東地方
  浦賀水道:東京湾沿岸に被害があり、東京・横浜で死各1.家屋・土蔵などに被害があった.

1923 9 1 (大正 12) 35.1°N 139.5°E M 7.9/関東地方
  関東南部:『関東大地震』:東京で観測した最大振幅14〜20cm.地震後火災が発生し被害を大きくした.全体で死・不明14万2千余,家屋全半壊25万4千余,焼失44万7千余.山崩れ・崖崩れが多い.房総方面・神奈川南部は隆起し,東京付近以西・神奈川北方は沈下した.相模湾の海底は小田原−布良線以北は隆起,南は沈下した.関東沿岸に津波が襲来し,波高は熱海で12m,相浜で9.3m など.[2]

1924 1 15 (大正 13) 35.5°N 139.2°E M 7.3/関東地方
  丹沢山塊:東京・神奈川・山梨・静岡各県に被害があり,死19,家屋全壊1200余.特に神奈川県中南部に被害が著しかった.

1930 6 1 (昭和 5) 36.6°N 140.6°E M 6.5/関東地方
  那珂川下流域:水戸・土浦及び付近の町村で家屋破損などの小被害.

1931 9 21 (昭和 6) 36.2°N 139.2°E M 6.9/関東地方
  埼玉県西部:『西埼玉地震』:死16,家屋全壊207.

1936 12 27 (昭和 11) 34.4°N 139.0°E M 6.3/関東地方
  新島近海:新島・式根島で死3,家屋全壊39,半壊473.崖崩れが多く,26日頃から前震があった.

1938 5 23 (昭和 13) 36.7°N 141.6°E M 7.0/関東地方
  塩屋崎沖:小名浜付近の沿岸と福島・郡山・白川・若松付近に被害があった.福島県で家屋の被害250など.小津波があった.[−1]

1949 12 26 (昭和 24) (08h 17m) 36.7°N 139.6°E M 6.2/関東地方
             (08h 25m) 36.6°N 139.8°E M 6.4

  今市付近:『今市地震』:死10,住家全壊290,半壊2994,非住家全壊618.被害は石造建物に多く,山崩れも多かった.

1953 11 26 (昭和 28) 34.0°N 141.7°E M 7.4/関東地方
  房総半島沖:『房総沖地震』:伊豆諸島で道路亀裂,八丈島で鉄管亀裂など.関東沿岸に小津波,銚子付近で最大2〜3m.[1]

1956 9 30 (昭和 31) 35.7°N 140.1°E M 6.3/関東地方
  千葉県中部:東京で傷4,建物・配電線に小被害があり,半壊2.

1957 11 11 (昭和 32) 34.2°N 139.3°E M 6.0/関東地方
  新島近海:新島・式根島で石造家屋に被害があった.6日頃より前震.

1962 8 26 (昭和 37) 34.1°N 139.5°E M 5.9/関東地方
  三宅島:8月24日に三宅島噴火,これに伴い地震があり,住家破損141.翌年8月まで続いた.

1967 4 6 (昭和 42) 34.2°N 139.2°E M 5.3/関東地方
  神津島近海:神津島で傷3,式根島で住家全壊7,半壊9.

1968 7 1 (昭和 43) 36.0°N 139.4°E M 6.1/関東地方
  埼玉県中部:東京などで傷7,家屋破損15.

1972 2 29 (昭和 47) 33.2°N 141.3°E M 7.1/関東地方
  八丈島近海:八丈島で落石・土砂崩れ・亀裂などの道路の被害115ヶ所.水道管破裂による断水2130世帯.小津波があった.[−1]

1972 12 4 (昭和 47) 33.2°N 141.1°E M 7.2/関東地方
  八丈島近海:『1972年12月4日八丈島東方沖地震』:八丈島と青ヶ島で落石・土砂崩れ・道路破損などの被害.[−1]

1978 1 14 (昭和 53) 34.8°N 139.3°E M 7.0/関東地方
  伊豆大島近海:『1978年伊豆大島近海の地震』:死25,傷211,家屋全壊96,半壊616,道路損壊1141,崖崩れ191.前震が活発で,当日午前,気象庁から地震情報が出されていた.伊豆半島で被害が大きく,翌15日の最大余震(M 5.8) でも伊豆半島西部にかなりの被害が出た.[−1]

1983 8 8 (昭和 58) 35.5°N 139.0°E M 6.0/関東地方
  神奈川・山梨県境:丹沢山地で落石があり,死1,傷8.山梨・神奈川・東京・静岡の各県で傷合計33,家屋全半壊2.

1987 12 17 (昭和 62) 35.4°N 140.5°E M 6.7/関東地方
  千葉県東方沖:千葉県を中心に被害があり,死2,傷138.建物全壊10,一部破損6万余のほか,道路などにもかなりの被害があった.

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