5.A地震(東北地方)
1704 5 27 (宝永 1 4 24) 40.4°N 140.0°E M 7.0/東北地方
羽後・陸奥:能代の被害が最大.被害家屋1193のうち倒壊435,焼失758,死58.山崩れが多く,十二湖を生じた.岩館付近の海岸で最大190cm隆起.弘前でも城・民家などに被害があった.
1706 1 19 (宝永 2 12 5) 38.6°N 139.9°E M 5T/東北地方
羽前:湯殿山付近のきわめて局地的な小被害地震.家屋の破損や地割れがあった.
1717 5 13 (享保 2 4 3) 38H°N 142H°E (M 7.5)/東北地方
仙台・花巻:仙台城の石垣崩れる.花巻で破損家屋多く,地割れや泥の噴出があった.津軽・角館・盛岡・江戸で有感.
1730 7 9 (享保 15 5 25)/東北地方
陸前:前日のチリのバルパライソ沖の地震による津波.陸前沿岸で田畑を損じた.[1]
1731 10 7 (享保 16 9 7) 38.0°N 140.6°E (M 6.5)/東北地方
岩代:桑折で家屋300余崩れ,橋84落ちる.白石城で被害.蔵王の高湯や仙台でも被害が多かったという.
1736 4 30 (元文 1 3 20) (M 6)/東北地方
仙台:仙台で城の石畳や澱橋など破損.余目・江戸で有感.
1739 8 16 (元文 4 7 12)/東北地方
陸奥:南部高森(場所不明)で特に強く,青森で蔵潰れる.八戸で諸士町家ともに被害が多かった.
1755 3 29 (宝暦 5 2 17)/東北地方
陸奥八戸:殿中ならびに外通りに被害.津軽・盛岡で有感.
1763 1 29 (宝暦 12 12 16) 41.0°N 142Q°E M 7.4/東北地方
陸奥八戸:11月初めより地震があり,この日大地震.寺院・民家が破損した.平館で家潰1,死3.函館でも強く感じた.津波があり,余震が多かった.1968年十勝沖地震と似ているので,もっと沖の大きな地震かもしれない.[1]
1763 3 11 (宝暦 13 1 27) 41.0°N 142.0°E (M 7Q)/東北地方
陸奥八戸:前年12月の地震以来震動とまらず,この日強震.建物の被害が多かった.[0]
1763 3 15 (宝暦 13 2 1) 41.0°N 142.0°E (M 7)/東北地方
陸奥八戸:城の塀倒れ,御朱印蔵の屋根破損.
1766 3 8 (明和 3 1 28) 40.7°N 140.5°E M 7Q/東北地方
津軽:弘前から津軽半島にかけて被害が大きかった.弘前城破損,各地に地割れ.津軽藩の被害(社寺含まず)は,潰家5千余,焼失200余,圧死約1千,焼死約300.余震が年末まで続いた.
1767 5 4 (明和 4 4 7)/東北地方
陸中:鬼柳(現北上市)で潰家1,焼失20余.津軽・八戸・盛岡・花巻・羽前南村山郡・江戸・八王子で有感.
1768 9 8 (明和 5 7 28)/東北地方
陸奥八戸:29日にも2回地震,家屋・塀などの被害が少なくなかった.和賀郡沢内で震動が強かった.
1769 7 12 (明和 6 6 9) 40.6°N 141.6°E/東北地方
八戸:御殿通り・外側通りで所々破損,南宗寺で御霊屋など破損.大橋落ちる.
1772 6 3 (安永 1 5 3) 39.5°N 143.5°E (M≦7.5)/東北地方
陸前・陸中:遠野・宮古・大槌・沢内で落石や山崩れ,死12.花巻城で所々破損,地割れあり.盛岡で家屋破壊.江戸など有感.1987年1月9日の地震に似ており,海岸近くのやや深い地震の可能性がある.
1780 7 20 (安永 9 6 19) 38.9°N 139.9°E/東北地方
酒田:土蔵倒れかかって小家1軒潰れ,死2.亀ヶ崎城内で被害.余目・金浦でも小被害.
1793 2 8 (寛政 4 12 28) 40.85°N 139.95°E (M 6.9〜7.1)/東北地方
西津軽:鯵ヶ沢・深浦で激しく,全体で潰家154,死12など.大戸瀬を中心に約12kmの沿岸が最高3.5m 隆起した.小津波があり,余震が続いた.[1]
1793 2 17 (寛政 5 1 7) 38.5°N 144.5°E (M 8〜8.4)/東北地方
陸前・陸中・磐城:仙台封内で家屋損壊1千余,死12.沿岸に津波が来て,大槌・両石で流潰家71,死9,気仙沼で流出家300余.余震が多かった.震央はもっと陸寄りの可能性もある.[2]
1804 7 10 (文化 1 6 4) 39.05°N 139.95°E M 7.0/東北地方
羽前・羽後:『象潟地震』:5月より付近で鳴動があった.被害は全体で潰家5千以上,死500以上.象潟湖が隆起して乾陸あるいは沼となった.余震が多かった.象潟・酒田などに津波の記事がある.
1810 9 25 (文化 7 8 27) 39.9°N 139.9°E M 6.5/東北地方
羽後:男鹿半島の東半分5月頃より鳴動し,7月中旬から地震が頻発,27日に大地震.寒風山を中心に被害があり,全潰1003,死57.秋田で強く感じ,角館・大館・鯵ヶ沢・弘前・鶴岡で有感.
1821 9 12 (文政 4 8 16)/東北地方
津軽・青森・八戸:青森で小店の屋根落ち,子供1人死亡.八戸で城などに被害.
1821 12 13 (文政 4 11 19) 37.45°N 139.6°E (M 5.5〜6)/東北地方
岩代:大沼郡大石組の狭い範囲に強震.130軒壊れ,破損300余軒,死若干.上下動が強く,山崩れがあった.翌年1月4日,さらに強い地震があった.
1823 9 29 (文政 6 8 25) 40.0°N 141.1°E (M 5T〜6)/東北地方
陸中岩手山:山崩れあり,西根八ヶ村に被害,潰家105など.岩手山の北30kmにある七時雨山も崩れ,死69,不明4.
1832 3 15 (天保 3 2 13) 40.7°N 141.6°E (M 6H)/東北地方
八戸:土蔵の破損が多かった.南宗寺・本寿寺の石碑所々痛む.
1833 12 7 (天保 4 10 26) 38.9°N 139.25°E M 7H/東北地方
羽前・羽後・越後・佐渡:庄内地方で特に被害が大きく,潰家475,死42.津波が本庄から新潟に至る海岸と佐渡を襲い,能登で大破流出家約345,死約100.[2]
1835 7 20 (天保 6 6 25) 38.5°N 142.5°E (M 7)/東北地方
仙台:仙台城で石垣崩れ,藩内で被害.岩手県藤沢町で石垣崩れ,蔵の壁を損じた.津波があったとされるが,疑問もある.[2]
1848 1 13 (弘化 4 12 8) 40.7°N 140.6°E M 6.0/東北地方
津軽:弘前の城内・城下で被害.黒石・猿賀(弘前の北東)辺で特に強く,潰家があったらしい.
1854 8 28 (安政 1 閏7 5) 40.6°N 141.6°E M 6.5/東北地方
陸奥:三戸・八戸で被害.地割れがあった.
1855 9 13 (安政 2 8 3) 38.1°N 142.0°E M 7Q/東北地方
陸前:仙台で屋敷の石垣,堂寺の石塔・灯篭崩れる.山形県・岩手県南部・新潟県分水町・常陸太田で有感.
1856 8 23 (安政 3 7 23) 41.0°N 142Q°E (M 7.5)/東北地方
日高・胆振・渡島・津軽・南部:震害は少なかったが,津波が三陸及び北海道の南岸を襲った.南部藩で流失93,潰106,溺死26,八戸藩でも死3など.余震が多かった.1968年十勝沖地震に津波の様子がよく似ており,もう少し海溝寄りの地震かもしれない.[2]
1858 7 8 (安政 5 5 28) 40.75°N 142.0°E (M 7〜7.5)/東北地方
八戸・三戸:八戸・三戸で土蔵・堤水門・橋など破損.青森・田名部・鯵ヶ沢で強く感じた.
1858 9 29 (安政 5 8 23) 40.9°N 140.8°E (M 6)/東北地方
青森:安方町で米蔵潰れる.狩場沢村(現平内町)で道路に亀裂があった.
1894 10 22 (明治 27) 38.9°N 139.9°E M 7.0/東北地方
庄内平野:『庄内地震』被害は主として庄内平野に集中した.山形県下で全壊3858,半壊2397,焼失2148,死726.
1896 6 15 (明治 29) 39H°N 144°E M 8H/東北地方
三陸沖:『明治三陸地震津波』:震害はない.津波が北海道より牡鹿半島にいたる海岸に襲来し,死者は青森343,宮城3452,北海道6,岩手18158.家屋流失全半壊1万以上,船の被害約7千.波高は,吉浜24.4m,綾里38.2m,田老14.6m など.津波はハワイやカリフォルニアに達した.Mは津波を考慮したもの.[4]
1896 8 31 (明治 29) 39.5°N 140.7°E M 7.2/東北地方
秋田・岩手県境:『陸羽地震』:秋田県の仙北郡・平鹿郡,岩手県の西和賀郡・稗貫郡で被害が大きく,両県で全壊5792,死209.川舟断層・千屋断層を生じた.
1897 2 20 (明治 30) 38.1°N 141.9°E M 7.4/東北地方
仙台沖:岩手・山形・宮城・福島で小規模の被害.一ノ関で家屋破損72など.[0]
1897 8 5 (明治 30) 38.3°N 143.3°E M 7.7/東北地方
仙台沖:津波により三陸沿岸に小被害.津波の高さは盛町で3m,釜石で1.2m.[1]
1898 4 23 (明治 31) 38.6°N 142.0°E M 7.2/東北地方
宮城県沖:岩手・宮城・福島・青森の各県で小被害.小津波があった.従来,岩手県沖とされていたもの.[−1]
1900 5 12 (明治 33) 38.7°N 141.1°E M 7.0/東北地方
宮城県北部:遠田郡で最も激しく,県全体で死傷17,家屋全壊44,半壊48,破損1474.
1901 8 9 (明治 34) 40.5°N 142.5°E M 7.2/東北地方
八戸地方:10日にも同程度の地震(M 7.4) があった.青森県で死傷18,木造潰家8,秋田・岩手でも被害があった.宮古に波高60cmの津波があった.[0]
1902 1 30 (明治 35) 40.5°N 141.3°E M 7.0/東北地方
三戸地方:三戸・七戸・八戸などで倒壊家屋3,死1.前の地震の余震か?
1914 3 15 (大正 3) 39.5°N 140.4°E M 7.1/東北地方
秋田県仙北郡:『秋田仙北地震』:仙北郡で最もひどく,全体で死94,家屋全壊640.地割れや山崩れが多かった.
1914 3 28 (大正 3) 39.2°N 140.4°E M 6.1/東北地方
秋田県平鹿郡:前の地震の最大余震.沼館町で家屋全壊数戸.
1933 3 3 (昭和 8) 39.2°N 144.5°E M 8.1/東北地方
三陸沖:『三陸地震津波』:震害は少なかった.津波が太平洋岸を襲い,三陸沿岸で被害は甚大.死・不明3064,家屋流失4034,倒壊1817,浸水4018.波高は綾里湾で28.7m にも達した.日本海溝付近で発生した巨大な正断層型地震と考えられている.[3]
1936 11 3 (昭和 11) 38.2°N 142.1°E M 7.5/東北地方
金華山沖:福島・宮城両県で非住家全壊3,その他の小被害.小津波があった.[−1]
1938 11 5 (昭和 13) 37.3°N 142.2°E M 7.5/東北地方
福島県東方沖:『福島県東方沖地震』:この後年末までにM 7 前後の地震が多発した.福島県下で死1,住家全壊4,非住家全壊16.小名浜・鮎川などで約1mの津波.[0]
1939 5 1 (昭和 14) 40.1°N 139.5°E M 6.8/東北地方
男鹿半島:『男鹿地震』:2分後にもM 6.7 の地震があった.半島頚部で被害があり,死27,住家全壊479など.軽微な津波があった.半島西部が最大44cm隆起した.[−1]
1943 8 12 (昭和 18) 37.3°N 139.9°E M 6.2/東北地方
福島県田島付近:『田島地震』:崖崩れや壁の剥落など小被害があった.
1952 11 5 (昭和 27) 52.6°N 160.3°E Ms 8.2 Mw 9.0/東北地方
カムチャツカ半島沖:太平洋沿岸に津波,波高は1〜3m程度.広範囲で家屋の浸水があり,三陸沿岸では漁業関係の被害があった.[3]
1955 10 19 (昭和 30) 40.3°N 140.2°E M 5.9/東北地方
秋田県米代川下流:『二ツ井地震』:被害は二ツ井町・響村に限られ,傷4,住家半壊3,非住家全半壊311など.
1956 9 30 (昭和 31) 38.0°N 140.6°E M 6.0/東北地方
宮城県南部:白石付近で死1,非住家倒壊3,その他小被害があった.
1960 3 21 (昭和 35) 39.8°N 143.4°E M 7.2/東北地方
三陸沖:岩手・青森・山形の3県で小被害.津波があった.[0]
1960 5 23 (昭和 35) 38.2°S 72.6°W Ms 8.5 Mw 9.5/東北地方
チリ沖:『チリ地震津波』:24日2時頃から津波が日本各地に襲来,波高は三陸沿岸で5〜6m,その他で3〜4m.北海道南岸・三陸沿岸・志摩半島付近で被害が大きく,沖縄でも被害があった.日本全体で死・不明142(うち沖縄で3),家屋全壊1500余,半壊2千余.[4]
1962 4 30 (昭和 37) 38.7°N 141.1°E M 6.5/東北地方
宮城県北部:『宮城県北部地震』:瀬峯付近を中心とする径40kmの範囲に被害が集中した.死3,住家全壊340,半壊1114.橋梁・道路・鉄道の被害が多かった.
1964 5 7 (昭和 39) 40.3°N 139.0°E M 6.9/東北地方
男鹿半島沖:青森・秋田・山形3県に民家全壊3などの被害があった.[−1]
1968 5 16 (昭和 43) 40.7°N 143.6°E M 7.9/東北地方
青森県東方沖:『1968年十勝沖地震』:青森を中心に北海道南部・東北地方に被害.死52,傷330,建物全壊673,半壊3004.青森県下で道路損壊が多かった.津波があり,三陸沿岸3〜5m,襟裳岬3m,浸水529,船舶流失沈没127.コンクリート造建築の被害が目だった.[2]
1970 10 16 (昭和 45) 39.2°N 140.8°E M 6.2/東北地方
秋田県南東部:傷6,建物半壊20,一部破損446,全焼1,山崖崩れ19などの被害があった.
1978 6 12 (昭和 53) 38.2°N 142.2°E M 7.4/東北地方
宮城県沖:『1978年宮城県沖地震』:被害は宮城県に多く,全体で死28,傷1325,住家全壊1183,半壊5574,道路損壊888,山崖崩れ529.新興開発地に被害が集中した.[−1]
1983 5 26 (昭和 58) 40.4°N 139.1°E M 7.7/東北地方
秋田県沖:『昭和58年日本海中部地震』:被害は秋田県で最も多く,青森・北海道がこれに次ぐ.日本全体で死104(うち津波によるもの100),傷163(同104),建物全壊934,半壊2115,流失52,一部破損3258,船沈没255,流失451,破損1187.津波は早い所では津波警報発令以前に沿岸に到達した.石川・京都・島根など遠方の府県にも津波による被害が発生した.[2〜3]
1994 12 28 (平成 6) 40.5゜N 143.7゜E M 7.5/東北地方
『平成6年三陸はるか沖地震』:震度6の八戸を中心に被害,死3,傷788,住家全半壊501.道路や港湾の被害もあった.弱い津波があった.
,住家全半焼6千以上,など.早朝であったため,死者の多くは家屋の倒壊と火災によるもの.
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